コンテンツへスキップ

記事: 板には、空を向いていた面がある

板には、空を向いていた面がある

板には、空を向いていた面がある

一枚板を選ぶとき、多くの方はまず木目を見ます。きれいだ、力強い、落ち着いている。それでいいと思います。

ただ、見方をいくつか知っておくと、木目がただの模様ではなくなります。その板が丸太のどこにあったのか、どちらを向いて立っていたのかが、読めるようになるからです。

---

木表と木裏


丸太を挽くと、板には必ず二つの面ができます。

樹皮に近かった側を木表(きおもて)、丸太の中心に近かった側を木裏(きうら)といいます。木表は、木が生きていたあいだ、外側にあって空を向いていた面です。

見分け方は年輪です。板の木口(切り口)を見て、年輪の円弧が山なりに盛り上がっている側が木裏へこんで見える側が木表

この二つの面は、性質が違います。

木表のほうが目が詰まって美しく、木裏は少し粗い。そして乾燥すると、板は木表側がへこむように反ります。年輪の外側のほうが縮む量が大きいためです。

だから昔から、縁側の板や敷居は木表を上にして張ります。木表を上にすれば、両端が持ち上がるように反る。逆にすると板の真ん中が盛り上がって、人がつまずくからです。

一枚板の天板をどちらの面で仕上げるかも、同じ判断をしています。木目の美しさ、反る方向、脚の付け方。そのうえで「こちらを上に」と決めています。

---

板目と柾目


丸太のどこを、どの向きに挽いたかで、木目の出方が変わります。

板目(いため)は、年輪に対して接するように挽いた面。タケノコのような山形の模様が出ます。表情が豊かで、一枚として同じものがない。そのぶん、幅方向によく動きます。

柾目(まさめ)は、年輪に対してほぼ直角に挽いた面。まっすぐな縞が並びます。おとなしく、動きが少なく、狂いにくい。神社の鳥居や、格式のある建具に使われてきたのはこちらです。

一枚板のダイニングテーブルは、そのほとんどが板目です。丸太をまるごと厚く挽いた板だからです。

つまり、一枚板の魅力である**あの大きくうねる木目と、木がよく動くという性質は、同じ理由から来ています**。表情の豊かさと、扱いにくさは、切り離せません。

---

耳という言葉


板の両端に残る、樹皮のすぐ内側だった波打つ縁。あれをと呼びます。

耳は、木が最後に太らせた部分です。伐られる直前の年に、そこに新しい細胞をつくっていた。だから耳のかたちは、その木の晩年の記録そのものです。

まっすぐな耳もあれば、大きくうねる耳もある。片側だけ深くえぐれているものもある。えぐれの多くは、枝や、傷や、隣の木との押し合いの跡です。

耳を残すか、削って直線にするか。ここは好みの分かれるところです。

耳を残せば、その板が一本の木だったことが食卓の上に残ります。削れば、空間はすっきり整います。どちらが正しいということはなく、部屋の性格と、その板の耳の表情次第です。

---

見方が変わると、選び方が変わる


これだけ知ったうえで板を見ると、少し違って見えるはずです。

木口をのぞきこんで、年輪の向きを確かめる。どちらが空を向いていた面かを考える。耳のえぐれを目で追って、そこに何があったのかを想像する。

木目は、模様ではなく履歴です。その板がどこで、何年、どんなふうに立っていたかの記録です。

工房でご覧いただくとき、私たちはよくこの話をします。すると、多くの方がしゃがみこんで、板の木口をのぞきこまれます。

そのあとで選ばれる一枚は、たいてい、最初に「きれいだ」と言われた板とは違うものになります。

Read more

木は、伐られてから強くなる

木は、伐られてから強くなる

奈良に、千三百年前の木造建築が残っています。法隆寺です。台風にも地震にも遭いながら、そこに使われた檜は、いまも建物を支えつづけています。 不思議なのは、その木がとうの昔に伐られた木だということです。根も葉もなく、水を吸うこともない。それでも、千三百年ものあいだ役目を果たしている。 宮大工の世界には、**「木は生きて千年、使われて千年」**という言い方があります。山で千年立ち、建物にな...

もっと見る